「おいしい匂いがするですぅ。
それ、くださいな」
しゃ、しゃ、しゃべったー。
なんだ、この生き物?!
俺は、相変わらず腰を抜かしたまま池の傍に、尻もちをついていた。
そいつは、五歳くらいの子供で、白い着物を着ていた。目がくりくりしていて、可愛い感じの女の子?だった。
俺が怖くないのかペタペタと俺のそばにやってきた。
「僕にも、おいなりさんくださいな」
と、少し汚れた小さな手を出してきた。
俺は、今、起きている状況についていけず、唖然と小さな手を見ていると、
「あっ、いけません。食べる前は手を洗わないといけません」
そいつは、1人そういうと、池でジャバジャバと手を洗いだした。
「はい、これで大丈夫です」
と、濡れたままの手をだしてきた。
俺は、タヌキに化かされているのだろうか…。思いきって、声を出してみた。
「タ タヌキさん?」
すると、タヌキかもしれないそいつは、
「むぅ、タヌキさんじゃありません。キツネさんです」
あ〜、キツネさん!
「僕は、可愛いキツネさんの妖怪さんです。僕は、妖狐なのです」
へっ、今、なんて?
妖怪?妖狐?
俺、今、どこにいる?
何時代にいる?
暑さで、頭やられた?
「どうしましたか?大丈夫ですか?」
と、未だ動かない俺を心配したのか、ツンツンと俺のシャツの裾をひっぱった。
はっ、落ち着け俺!
「あっ、いや、大丈夫。妖怪の君がここにいるのは普通なのか、ここでは?」
「普通とは何かわかりませんが、いつもは、人気がある時は、ここには降りて来ません。母さまに行ってはいけないといわれてますから」
「でも、でも、とてもいい匂いがしたのです。僕は、それを食べてみたいのです」
と、俺のシャツをつかんだまま、大きな目をうるうるしながから、見上げてくる。
うっ、可愛い!
俺、見た目は、身長も高い方で、筋肉もそれなりについたザッ男って感じなのに、可愛い物が好きなんだよね。
あっ、変態じゃないから!
そんな目で見られると、俺が悪い大人みたいじゃないか…。
いつのまにか、得体の知れない物への恐怖は、どこかにいっていた。
小さな手を取ると、首から下げていたタオルで、濡れたままの手を拭いてやった。
妖狐って、狐が人間に化けたやつか?
ん?人間と狐のハーフってのも、何かで見た気がするな。
「そこに座って」
さっき座っていた俺の隣に座るように促しながら、俺は、しまいかけた稲荷ずしの箱を開けた。
「うわぁ〜、美味しそうな匂いなのです」
小さな狐の妖怪は、まんまるな目をキラキラさせていた。
ふふっ。
「好きなだけ食べな」
と、俺がばあちゃんに言われるような感じで、そう言っていた。
あっ、そうだ、名前聞いてないじゃないか!
大事なこと思いだした。
「名前は?」
「チャンミンです。
僕のお名前は、チャンミンといいます」