青い空の下で寝ている青年を見下ろす。
黒い髪に褐色の肌、魔術を持たない民の証だ。
自分の髪とは、全然違う。
ふわり風が吹くたびに、彼の男性にしては長い髪と私の短い髪が揺れる。
「…んだよ」
不意に彼が薄く目を開けた。コーヒーのような瞳が私を映す。
「俺は見世物じゃねーぞ」
「…ごめん、なさい」
「…冗談だ」
ぐん、と彼は伸び上がって座りなおした。私も彼に合わせるように膝をつく。
「お前、術師だよな」
「う、うん」
「こんなトコで何してんだ」
「…逃げてきたの」
「逃げた?」
「…うん」
「一応聞くが、お前は術師だよな」
こくり、と首を縦に振って答える。
「んで、今日は術師就任の儀式と騎士仕えの式があるハズだ」
「それから、逃げたの」
「そーか」
「…貴方は?」
「面倒だから最初っからサボり」
「そう…」
手首に在る腕輪を眺め、俯いた。綺麗なのに、手錠みたいだ。
出来損ないの私はたった一つしか術が使えないのに。なのにどうして。
「…力なんて、なければよかったのに」
そう呟いた言葉は消えたはずなのに、目の前の彼が大きく溜息を吐いたのに肩が跳ねた。
「お前、贅沢だな」
「え」
「魔力ナシの奴らが聞いたら怒るぜ、それ」
「…そうかもしれないけど、中途半端な力なんて無いに等しいもの」
「ほーお」
頬杖をついて彼は私を見る。
「じゃあ見せてくれよ、お前の力」
「え?」
「したら俺が判断してやる」
「え、ちょっと」
とん。軽い音を立て、彼は身軽に立ち上がってこちらを見、笑う、
「かかって来いよ」
「ちょ、あの、え」
ひゅん、と彼の拳が私の頬を掠めた。早い。違う、そんな事を思っている場合じゃなくて。
「や、あの、待って」
「待てと言われて待つ奴はいねぇよ!」
早い。鋭い。武器を持ってはいないのに、刃物を向けられているみたいで。
冷や汗が背筋を伝った。
「ほらほらどうした?」
「っ!」
無意識の内に指先が曲線を描く。切れ切れに呟くのは、私と魔法を繋ぐ断片。
「Un'arma」
「!?」
身体が重くなる。腕が真っ直ぐ伸びて鋼に変わり、足は装飾の施された鉄に包まれた。
これが、私。
「…Trasformazione」
「…おいおい、冗談だろ…!」
大きく目を開いたまま、彼は言った。
「武器とどうやって戦うんだ…!」
先に仕掛けてきたのは貴方でしょう。驚く彼の前でまた、元の姿に戻る。
「…だから、出来損ないなんです」
「…使い手がいねぇもんな。…騎士にだって扱えるかどうか」
「これじゃ、騎士には仕えられません」
だから、私は逃げた。ううん、本当は違う。
知らない誰かに仕えるなんて出来ない。命を預けることが出来ない、ただの臆病者なんだ。
「でもすっげーな」
「え?」
彼の言葉に顔を上げると、キラキラした目で笑っていて。
「それさ、難しいんだろ?変身なんて聞いたことねぇもん」
「…多分」
「なぁ、お前これからどうするの?」
「どうする、って」
「逃げ出して家には戻れねーだろ」
「あ…」
「…なんも考えてないのな」
「う…」
「そんなおバカに一つ提案」
「バカって…提案?」
「そ」
彼は笑って私に手を差し伸べた。
「この国から出て、旅をしようぜ」
「え?」
「俺、元は流浪民だったんだ。だからそろそろここから出て行くんだけど」
「なんで、私?」
「旅は道連れ世は情け。困ってんだろ?」
「そう、だけど…」
「じゃあ決まりだな!」
そう言って彼は私の手を握る。とても暖かい手に包まれて走る私を励ますように、風が背中を押してくれた。